まだ現役のジオ系エンジニアとしてなんとかやってます

 本年は実は名誉GIS上級技術者という称号をGIS学会の資格認定協会からもらいました。資格認定協会のとりまとめやっている人は職場で隣の席に座っているのでもしや適当に与えたのではないのかという疑惑がおおきい授与なんですね。名誉GIS上級技術者になられている方というと大概は空間情報系の学会の会長職を務められたような方々がそれぞれの学会から推薦されてなるというパターンが多くて、今までのご活動に感謝するような称号という感じです。いや、私は名誉称号というよりは現役で普通のGIS上級技術者の資格を持っているし、5年ごとに更新するためのポイントかせぎ(イベントにたくさん参加するとポイントがたまります)もやっています。名誉称号をもらったらポイント加算とか5年ごとの更新とかいらないのかもしれないけど、そういう意味では現役引退とかはまだやっていないつもりです。

 これの資格の推薦自体は2018年に行われたものでOSGeo.JPからの推薦があったようです。2018年というと春先に脳腫瘍がみつかり、悪性なのか良性なのかわからない状態で7月ー8月に入院・手術ということがあり、その時期での推薦ということで多分私が死んでしまうのではないかという予測の中での推薦ではなかったかと推測できます。そうなると名誉上級技術者という称号をあたえることは故人の業績をたたえるような形式としては絶好だったかもしれません。まあ予想とはちがって脳腫瘍は悪性ではなく、良性でありただちに生命に影響はないことはわかり退院後仕事にも復帰。いろいろお体にさわるからあまり出てこないほうがいいのではないですかと言われたような仕事からは引退はしていきましたが、そのまま隠居するという方向ではなくて新しいプロジェクトにガシガシ顔をつっこみまくって秋の災害シーズンにはコーディング、デバッグ漬をやりながら災害ボランティアセンター支援に顔だしていくとかいう生活をくりひろげてしまいました。(これの他にFOSS4G Asia2018での David A. Hastings Award の授賞も同じような事情だったと思います

FOSS4G ASIA 2018にてDavid A. Hastings Awardを受賞いたしました | モービルマッピング(MMS)・ドクターヘリ・空撮なら朝日航洋株式会社

まあそんなわけでそろそろ会社も定年で体もガタガタなんで(某氏にもそろそろ休んだらとか言われましたし)まあエンジニアとしては引退したほうがいいかも(古い知識で会社の仕事にいろいろ持ち込むと老害ですし)という年頃です。とかいいながら社外のITDART(

情報支援レスキュー隊 / IT DART  (Disaster Assistance and Response Team))という団体では災害時のIT利用での支援をやるといって2018年から運営委員になったのですがその西日本の大雨の時はちょうど入院中でなにもできず、2019年になって合宿には参加してそこでオープン系の地図関係利用を古橋さんとかと説明したり、その他ゲスト参加の災害ボランティア系の人と知り合いになったりとか。とかいう中で3月にITDARTとして道路情報アイデアソンの運営参加。そこでのデータ収集システムのアイデアだしとか、5月JVOADカンファレンスでSNSを利用したデータ収集システム構想を発表をして。それの流れで6月ぐらいからLINEのボット使った情報収集システムのコーディングといきなりのテスト運用。7月には地図機能をそこにつけるとかボトボチコーディングデバッグをしていて、それについてはGIS学会で発表しようということでペーパー書いてブカレストから投稿。6月から8月まで地震や大雨があったときに先遣隊といって事前調査にはいる人たちが山形や鹿児島までいってこのシステムつかって調査情報を集める試行はやったのですが、その時は復旧作業にボランティアが必要な状況まではいっていなかったのでシステムの利用は本当にテストだったんです。そんなもんでGIS学会にペーパーを出した時点では「システムは作ったけど実際の現場では使った状態ではない」という感じだったわけです。

 8月の末にGIS学会論文を電子投稿した翌日なんですが九州北部で豪雨発生。佐賀県では浸水した鉄工所から大量の油が流出。えらい被害があったため先遣隊が派遣され被災情報の調査が行われました。そのとき私はまだブカレストでカンファレンス参加中でしたが、ためしに情報収集システム動かしてみるとなんか地図が表示されない。大急ぎでデバッグしてなんとか動くようにしました。8月31日にブカレスト->ドーハ->羽田という移動をして羽田に降りたときにシステム動作チェックすると全く動いていない。これはなんだという悩みに突入してモノレール乗ったのですが、どうも米国でのAWSの不調(ちょっと前に東京リージョンの不調もあったけど)の影響でチャットボットと地図描画システムをホスティングしているHerokuが不調で、それのせいでシステムが不調。中央線で立川降りたときはなんとか動いているという状態でした。

 そんなもんでなんとか災害時情報収集システムの実稼働がメタメタの状態で始まり、佐賀方面で活躍はできました。

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災害情報収集システム

9月4日にはドローンバード古橋さんが現地でドローンを飛ばして撮影したのですが、翌日9月5日に岡山県赤磐市というところでこのシステムのデモをすることになっていたので古橋さんにドローン撮影結果のタイルURLを公開してもらえないかとお願いしたところ5日の朝方にURLもらえて。そこからシステムにそれのURLとりこんで表示するか機能を追加。新幹線では窓側席でなかったのとPCのバッテリがだめでコーディングできなかったけど岡山駅から赤磐までの宇野バスに電源があったからなんとかコーディングできてデモの時にはドローンで撮影した画像をオーバーレイできたというギリギリコーディング(古橋さんご苦労かけました)。

 とかいっていたら9月9日には台風15号が千葉県を直撃。この日は川越に出社していたけど職場も一瞬停電。なんかいろいろ被害があって、実家が千葉県富津市だけど電話つながらず。なんかやばそうなので13日から予定していたFOSS4GNIIGATAの出席をキャンセル。10日はなんか状況はわからなかったのだけど11日に母親からのショートメッセージがきていて、それが9日にだしたもので実家のベランダがふっとんだとか。でも電話つながらないし千葉方面は停電やら交通機関のマヒ状態。14日から3連休だったのでとりあえず実家の様子みるためにいろいろ作業用装備を購入して富津に移動。その途中で災害情報収集システムの別インスタンスを3本新たにたてました。実家は大工さんきてもらって修繕はやっていましたが、ITDARTが千葉県内の支援はいるのにいろいろついていき富津のボランティアセンターと鴨川のボランティアセンターへの機材支援をやり、富津ではその後数日通いデータ入力支援や機材の調整の作業をしていました。

 その翌週は20日に母親が胆石で急遽入院したので実家に移動。3連休は富津ボランティアセンターの支援と病院にいくのと。翌週の週末は岐阜での森林ハッカソンへの参加で、その途中でもLINEチャットのデバッグやら機能追加をちまちまやってました。

というような状況の9月だったのですが10月には12日の台風19号がきて翌日のFOSS4G KOBEは遅刻で参加。朝1番のプレゼンができなかったけど最後にスロットに変えてもらえました。この台風と引き続いて10月24日ー26日の豪雨での被害地域は関東、東北にかけて広範で災害情報収集システムのインスタンスをたてまくりました。ITDART内での活動情報ログ収集用インスタンスとか長野市でくりひろげられた官民一体となった災害ゴミ撤去のための集中作戦One Naganoでは最初に現地調査のツールとしてこのシステムが利用され災害対策活動のための情報収集ツールというシステム本来の目的を存分に発揮したといえます。

 

このような感じでまだシステムつくったりすることができるので名誉称号とかいろいろもらいましたがまだ隠居状態ではないです。若い時に比べて明らかに新しい技術の取得やらコーディング、デバッグする能力は落ちてきているとは思いますが。ただコーディングはできないとプロトタイプ作ることできませんからいろいろ手は出していきたいものです。そういったときの強力なツールがオープンソースソフトウェアであり、FOSS4Gなわけで、そういうものと出会えてラッキーだったとは思いますね。